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梅毒は古くからある歴史ある病気?最初に記録されたのはいつで場所はどこ?

2020年06月25日

梅毒は古くから性病として認知されていた病気になります。歴史的に見てもかなり古くから存在していた性病なのですが、実は起源がとても曖昧な病気。コロンブスが新大陸から持ち帰ったという説と元々ヨーロッパに存在していたけど性病と認識されていなかっただけという説があり、起源が良くわかっていません。

梅毒が最初に記録されたのはヨーロッパ、1495年の大流行になります。フランス軍がイタリア・ナポリを包囲していた時に軍の内部で大流行したというのが最初の記録になります。当時は今よりも病状が酷く、死に至るまでが数ヶ月という記録さえあるほど。ルネサンスという華やかな歴史の裏側でも梅毒での死亡率は主要な死因として廃れることはなく、様々な説が飛び交っていました。

日本では1512年の三条西実隆の再昌草や竹田秀慶の月海録に記されているのが一番最初の梅毒の記録になります。この年京都で梅毒が大流行した旨が記載されているのです。吉原のような花街ではかなり流行していて、120人中60人が梅毒に感染していたという事実もあります。

ペニシリンは1940年以降、割と近年になって発見された治療薬で、第二次世界大戦以降量産されるようになりました。しかしそこまでの道のりは長く、危険な薬剤を使っていた時期もあったのです。
1775年に長崎にやってきたオランダ人医師が梅毒が流行しているのを目にし、ヨーロッパで使われている治療薬を処方して治療をし始めました。しかしその治療薬というのは塩化第2水銀を使った特効薬だったのです。完治することはできるものの、水俣病になるリスクも高かったのです。結局死と隣り合わせであるという事実は変わらないということになります。

その後、有機ヒ素化合物を用いたサルバルサンというものが開発されました。ヒ素と言えば毒性の強い薬物なので、当然ながら副作用が強いものになります。その後ネオサルバルサンというより毒性の少ないものが発明されましたが、十分な効果は発揮されずに補助的な役割として使われる程度に留まりました。

他にもマラリアに感染させて、その高熱で梅毒トレポネーマを殺菌するという方法も用いられました。当時マラリアはキネーマという特効薬があったので、その後治療すれば良いという考え方です。第3期以降の末期症状の患者に用いられ、それまではもっぱらサルバルサンによる治療が一般的。その後はペニシリンによる治療が一般化し、これらの治療法は廃れていきました。